賛美と証

Hibiscuss

28日は、メソジスト教会の「のぞみ」ミニストリーで、「賛美と証」の奉仕をさせて頂きました。ここでもかいつまんで、ご紹介させて頂きます。ちょっと長いですが、一気に読めます。

2002年8月、ワシントン州ベルビュー市の新居に引っ越してすぐのことでした。主人が頭痛から始まって全身の痺れ(しびれ)を訴え、救急病院に運ばれて行ったのです。彼は36歳の誕生日をお祝いしたばかりで、息子はこのとき4歳半でした。近くの白人教会で行われていた夏のプログラムに息子を参加させていたので、その息子を知り合いに預けて、その足で私も救急病院に向かいました。私が病院に到着したときには、主人はモルヒネを打たれて、色々な検査を受けていました。そして、担当医から、主人の脳内の血管が切れていること、今日中に手術をしなければ助からないと言われました。しかし、その病院では複雑な手術が出来なかったため、シアトルのダウンタウンにある「ハーバービュー・ホスピタル」に救急車でまた移動させられました。

主人はすぐに「集中治療室」に入れられ、また様々な検査が始まりました。救急車の中で主人から、弁護士、両親、教会の牧師にまず連絡するように言われていましたので、病院に着いてから電話を掛けまくりました。弁護士のビルさんは、主人が完治して元気に帰宅するように祈って下さいました。主人の母は、この知らせを受けて気が動転し、大声で泣き叫んでいました。そして、息子を預かって下さっていた家族には、今晩泊めてもらうことをお願いしました。教会の牧師先生はすぐに病院に駆けつけて下さいました。その時、沢山の書類にサインしなければならない面倒な手続きがあったのですが、時間を割いて手伝って下さいました。「とにかく明日のことは心配しないで、今日1日神様から力を頂いて生きることにフォーカスするように。」と素晴らしい助言を下さいました。そうしてまんじりともせずに、主人の傍らで検査の結果を待ちました。

夜遅く、訪問者がいると言うので控え室に行こうとして部屋を出た私は、頭を拳銃で撃たれたやくざや、ドラッグで意識蒙ろうとなっているホームレスのような女性など、普段お会いすることの無い方々があふれて、廊下のベッドでうなっている姿に驚きました。控え室では、同じ教会の年配のご夫婦がお弁当持参で、私を訪ねて下さっていたのです。このとき初めて、朝食以後何も口にしていなかったことに気付きました。ご夫婦は私が帰宅するまで、控え室で待っていて下さいました。この方達の愛と配慮には、頭が下がりました。

そして、検査の結果が出ました。「Via An Aneurism(脳動脈瘤)」。種類によっては、くも膜下出血の最大の原因になることもあるそうです。主人のケースは、脳の血管が切れたときにはもう癒しが始まっていてそこが腫れていたので、どの太さの血管が切れたのか判断しずらかったけれど、太い血管ではないようなので、今日は手術をしなくても良いこと、これからモニターで監視を続けるので、安心するようにと医師より告げられました。そして、医師や主人の勧めもあって私は一旦帰宅し、休むことになりました。

最初の救急病院の駐車場にぽつんと取り残された私の小さな車を見たときに、わびしさがこみ上げて来ました。駐車場まで乗せてくださったご夫婦に感謝して、家路を急ぎました。夜中をずいぶん回っていました。家のカルデサックに近づくと、別に電気に照らされていると言うわけでは無いのに、私の家が明るいのです。そして建物の背後に大きな羽を広げて私をウエルカムするような優しさが満ちているのです。ですから、寂しいとか暗くて怖いとか全然ネガティブに感じなかった。むしろ、招かれるように家の中に入りました。そして、いつものように着替えて、ベッドのヘッドボードにもたれかかりました。

部屋の中に神様の臨在を感じながら、「沈黙」しました。あまりにもその日色々なことがありすぎて、ことばが出なかったのです。しばらく、黙っていました。そしてようやく「イエス様」と呼びかけましたら、堰を切ったように涙があふれました。そしてひとこと、「主人を私達から取り去らないで!」と訴えました。長々と祈る必要も何も無かった。それが、私の本音であり深いところのたった一つの願いだったのです。それから、幼子が父の腕に抱かれて眠るように、ぐっすり眠りました。翌日は、不思議と心が軽かったのです。重荷を全て神様に明け渡したからです。

この日は、息子の預け先を見つけなければならないという課題にぶつかりました。すぐに教会で保母さんをしている方を思い出し、連絡しました。彼女が園長さんに私の事情を話して下さり、園長さんから、「必要なだけ自由に保育園を使って下さい。」と優しいことばを頂きました。朝、息子を保育園に下ろして、病院に急ぐという生活が1週間続きました。主人はありとあらゆる検査をしてもらい、もう大丈夫ということになって、脳内出血から8日ぶりに退院しました。

結局、主人は手術を受けることもなく病院で自然治癒されて、健康体で戻って来ました。また家族3人のいつもの普通の生活が始まりました。「普通」の生活が送れることの幸いが身に沁みました。そのことは神に感謝してもしきれないほど大きなこととなりました。

あれから11年の歳月が流れ、私達はカリフォルニアに引越し、息子は16歳になりました。先週末は初めて1人でフリーウェイを運転するほど、成長しました。でも、あのときの出来事は今でも昨日のように思い出します。神が要所要所に助け手を準備され、沢山の方が祈って下さり、そして私自身不思議な神の愛を体験して、私達は試練を乗り越えることが出来たのです。

「神は我らの避け所。また力。苦しむときそこにある助け。それゆえ、われらは恐れない。たとい、地は変わり山々が海のまなかに移ろうとも。」詩篇46:1、2 皆様にもぜひこの神の愛を知って頂きたいのです。

*2013年4月28日、ユニバーシティ・ユナイテッド・メソジスト教会内、日本人ミニストリー「のぞみ」の礼拝にて。賛美は、「胸の奥の痛み」by Robert Harkness 1908。

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