パールハーバー

Arizona memorial

日本人として絶対に訪問しなければならないと思っていた、パールハーバーのオーディオツアーに参加しました。それは、1988年に音楽ミニストリーのメンバーとして全米を回っていたときに招待された、ユタ州はザイオン国立公園内にある教会の牧師から打ち明けられた悲劇が、今でも心に残っていたからでした。彼は、一番の親友を戦艦アリゾナで亡くして、それから日本人を避けるようになったと語ってくれました。コンサートの前にメンバーの中に日本人がいることを知って、心中穏やかではなかったそうです。でも、皮肉にもその日は私がコンサートの中で、ソロを歌い、クリスチャンになった証をする当番だったのです。彼は、私の歌と話を聞きながら、次第に思いが変えられていくのを経験したそうです。それで、コンサートが終わってから私を個人的に呼び止めて、事情を打ち明けて下さいました。第二次大戦を知らない私は、今尚その戦争が人々に深い傷跡を残している現実を知らされて、心が重くなったことを思い出します。

さて、一体パールハーバーで何が起こったのでしょうか。実は今から70年余り前、休日である日曜日を狙って日本海軍がオアフ島のパールハーバー(真珠湾)にあった太平洋艦隊と基地に攻撃を仕掛けました。この不意打ちにより、アメリカ側はアリゾナ号を含む大きな主要艦隊を爆撃され、多くの兵士が火の海と化した地獄のような真珠湾で命を落しました。記念館の中では、この悲惨な当時の状態をオーディオ機器や模型を使って生々しく伝えています。また、亡くなった兵士の「慰霊館」は、今も沈められたままの錆びたアリゾナ号の上に建てられていて、海軍の兵士の操作するフェリーで訪れることができます。70年経ってもまだ戦艦から漏れた油が浮いている海面が、当時のものすごさを語っていました。この真珠湾攻撃を受けたことにより、アメリカが本格的に日本に対して戦闘を開始することになりました。その後日本も、歴史上初の「原子爆弾」を投下され、被爆という辛い経験を余儀なくされました。慰霊館では、物音(話し声を含む)を出すことを禁じられていたので、ただ静かに黙々と色々なことを考えました。やっぱり、ここを訪れて良かったと思いました。

*2枚目の慰霊館の写真はウィキペディアよりお借りしました。

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