愛の章

バラのギフト

バラのギフト

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のし た悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありませ ん。(13:4-8)」

第1コリントの手紙13章は、「愛の章」と言われています。新約聖書が書かれたのは、ギリシャ語です。当時、人々が市場で使っていたような、「コイネー」と言われる日常語でした。誰でもわかり易い言葉ということで、ここにも神の摂理が働いていました。さて、愛はギリシャ語では、3つの単語があります。「エロス」は男女の性的愛、「フィレオー」は兄弟愛、家族愛、友情、そして「アガペー」は神の愛です。この愛の章は、「アガペー」が使われています。

以前、この「愛」のところに自分の名前を入れて読んでくださいと言われた、牧師のメッセージを聞いたことがあります。私だったら、初めの「・・・は寛容です」から、つまずいて読めなくなりますね。愛は漠然とした優しいイメージではなく、はっきりとした意思あるいは意識表現であり、そして、私の中には、その愛が甚だしく欠如しているという認識に、辿り着きます。

聖書の別の箇所で、「友のために命を捨てる愛」が、最高の愛だとも言われています。正に自己犠牲、他者中心の愛を実行された方が、イエス様でした。イエス様を信じた時に与えられる「神の霊」が、私達の内に住み、人を愛する事を可能にしてくださったのです。問題は私が良くする失敗ですが、神の愛で心が充満される前に、無頓着にこの世に出て行って、自己中心で事を成してしまうことです。アガペーの愛は、徹頭徹尾、神の愛で始まり、神の愛で完成されるのです。そしてこの愛は、愛する側、愛される側の感情や状況によって動かされない、不変の愛です。バレンタインズディ、本当の愛について、少し考えてみました。

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